十三段



あるアパートに人が居つかない部屋があった。

その部屋とはアパートの二階、階段を上りきってすぐのところにある部屋だ。

この部屋はなぜかアパートの他の部屋よりも家賃が安い。

そのため借り手はすぐに見つかるのだが、

入居して十日もたつと皆逃げるように引っ越していってしまうのだ。

噂によるとこの部屋に入居した者は皆、夜寝ているときに子供の声を聞くらしい。

入居してきた最初の晩に聞こえるのはこうだ。

「一段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」

翌日にはこんな声が聞こえる。

「二段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」

それ以後も夜中に声は聞こえ続け、三段、四段とだんだん近づいてくるのだという。

アパートの二階までの階段は全部で十三段。

そこでたいていの人は、十日もすると怖くなってアパートから逃げ出してしまうのだ。

ある日のこと、若い男が値段の安さにつられてこの部屋を借りた。

彼も噂は聞いていたのだが、

もともと幽霊の類は信じていない男だったのでまるで気にしていない。

ところが、その日の夜。

男が寝ていると誰かが階段を一段上がった音が聞こえた。

そして不思議なことに、男の耳元で子供の囁く声が聞こえたのだ。

「一段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」

噂は本当だった!

男は内心驚いたが、これはいい機会だ、

最後まで見届けて噂の正体を暴いてやろうと考えた。

次の日も、そのまた次の日も噂どおり子供の声は聞こえる。

「二段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」

「三段上がった、嬉しいな。全部上がったら遊びましょう」

しかし男はまったく動ぜず、十二日目になってもアパートから逃げ出さなかった。

そして十三日目の翌朝。

部屋に遊びに来た友人によって、男の死体が発見された。



「十三段」の怪談は気の長い「リカちゃん電話」といった趣がある。

少しずつ相手に近づき、それをわざわざ声で知らせてくれるというところに共通点があるからだ。

とはいえ、両者がまったく同型の怪談であるという訳ではない。

「リカちゃん電話」のターゲットとなるのは特定の個人であり、

それゆえにリカちゃん電話から逃れることは不可能だ。

それに対し、「十三段」のターゲットとなるのは特定の部屋であり、

本文中にあるように部屋から逃げ出すことで怪異からも逃れることが出来る。

犠牲者となるのは部屋から逃げ出さなかった「幽霊を恐れない男」だけだ。

怪異を怖れなかった男が殺されるというプロットは、

「宿直草(1677年、荻田安静)」に見える浅草寺に化け物退治に向かった侍が逆に返り討ちにあう話などの、いわゆる肝試し系の話から来たものであろう。

「怪異を怖れないものが酷い目にあう」というのは民話においても、近年のホラー映画においてもよくある話で、

実に馴染み深いモチーフである。

怪しいものには近づかないのが何よりといったところであろうか。