電気をつけてたら・・・



ある女子大生が先輩のアパートで行われた飲み会に参加した時のことだ。

飲み会が終了した後、彼女はアパートを出てしばらく歩いていたのだが、

ふと先輩の家に携帯電話を忘れてきたことに気づいた。 彼女はアパートに引き返し、先輩の部屋に戻って呼び鈴を押す。

ところが、反応がない。

ドアノブをまわすと鍵は掛かっていなかったので、彼女はそのまま中に入っていった。

部屋の中は電気がついておらず真っ暗で、どうやら先輩はもう寝てしまったらしい。

無用心だな、と思った彼女は電気をつけて先輩を起こそうかとも考えたが、

先輩がかなり酔っていたのを思い出してやめておき、

真っ暗な中で自分の携帯電話を探し出すと「忘れ物をしたので取りに戻りましたー」とひと声かけて部屋を後にした。

翌日、彼女が先輩のアパートの前を通りかかると、なぜか大勢の警官が集まっている。

事情を聞いて彼女は驚いた。

なんと、あの先輩が部屋で殺されたというのだ。

部屋は荒らされており、物取りの犯行かもしれないという。

「あの時電気をつけて先輩を起こし、きちんと戸締まりをするよう注意していたらこんな事にならなかったのに・・・」

彼女が自責の念でいっぱいになりながら昨日その部屋にいたことを警官に話すと、

部屋の奥から刑事が現れて彼女に見て欲しいものがあると言った。

「部屋の中でこのようなメモを見つけたのですが、これの意味がわからないで困っていたのですよ。何か心当たりはありませんか?」

彼女はそのメモを見て青ざめた。 そこにはこう書かれていたのだ。


「電気をつけなくてよかったな」


彼女が忘れ物を取りに来た時にはすでに先輩は殺されており、犯人もまた同じ部屋に潜んでいたのだ。

もし電気をつけていたら彼女も・・・


実はこの話とまったく同じような都市伝説がアメリカにもあります。

そこでの事件の舞台は大学の女子寮。

ある日のこと、夜遅くに帰宅した女子学生が先に眠っているルームメイトに気を使い、電気をつけずにベッドの中に入ります。

翌朝、彼女が目覚めると隣のベッドの上でルームメイトが血まみれになって死んでおり、壁には真っ赤な血で書かれたこんなメッセージが。

「電気をつけなくてよかっただろ」

ここまで似通った話が別個に誕生したとは考えにくいことですので、おそらくはアメリカの話が日本に入り、

あたかも日本で起きた事件であるかのように語られだしたというのが真相なのでしょう。

私が逆の可能性、つまり元々は日本の話がアメリカに入っていったと考えずにアメリカ版こそオリジナルであると結論付けた理由は、

より古いアメリカの都市伝説の存在にあります。

例えば「なめられた手」。

ある少女が夜中にバスルームから聞こえてくる不審な音に気づき目を覚ます。

怖くなった少女がベッドの脇に寝ている愛犬のほうに手を差し出すと、犬が手をペロペロとなめてきた。

これですっかり安心した少女は、再び眠りにつく。

翌朝、少女が目覚めると愛犬はバスルームで首を切り裂かれて死んでおり、ベッドの脇に置かれたメモに(あるいはバスルームの鏡に、血で)こんなメッセージが。

「人間だってなめるんだぜ」

これを見てわかるように、「犯人が残すメッセージ」というモチーフは「電気をつけてたら・・・」のオリジナルではなく、

より古い都市伝説である「なめられた手」から取られたものです。

また、詳細は省きますが他にもアメリカには「鉤手の男」、「バックシートの殺人者」、「ベビーシッターと2階の男」、

「ボーイフレンドの死」、「ルームメイトの死」といった「近くに潜む通り魔」を題材とする都市伝説が古くより多数存在しており、

このような都市伝説を生み出す文化的基盤がアメリカという国に深く根付いていることをうかがわせます。

これに対し、日本で「ベッドの下(第1夜参照)」や「電気をつけてたら・・・」のような通り魔伝説語られだしたのは比較的近年になってからのことであり、

その数にしてもわずかなものに過ぎません。

このタイプの都市伝説であれば、基本的にはアメリカ版の方が日本版より古いものであると考えてよいでしょう。

つまり、日本におけるほとんどの通り魔伝説は、アメリカの都市伝説の焼きなおしに過ぎないのです。

・・・とはいえ、このことを知って「日本人には独創性がないのか!」と嘆かれるのは早とちりというもの。

実はアメリカ人が“怖い話”として通り魔伝説を次々と生み出している間に、

日本人はこれまた“怖い話”である「怪談」をせっせと生み出してきたのですから。

この違いが生まれた理由を単純に「アメリカには凶悪な犯罪が多いので通り魔伝説が盛んであった。

近年それが日本に入ってきたのは、日本も治安が悪化してきたから」と説明する人もいます。

この意見にも一理はあるかもしれませんが、私はそれ以上に大きいのはアメリカと日本の文化の違いであり、全てはここに起因していると考えています。

つまり、日本人は極端に幽霊やお化けの話が好きな民族だから、日本には怪談が多いのだろうと。

実はアメリカにおける通り魔伝説の中には、ルーツを中世ヨーロッパにまでさかのぼれるものが多くあります。

このことは通り魔伝説が近年のアメリカの傾向によって生まれたものではなく、遥か昔より脈々と続く西洋文化の一部であることを示しています。

そして日本において、同じような形で脈々と語り継がれてきたものこそ怪談でした。

つまり日本に怪談が多いのは、日本人が伝統的に怪談を愛好しつづけてきたからこそなのです。

それに、「アメリカには凶悪な犯罪が多いので通り魔伝説が盛ん」という説を真に受けるならば、

「日本には幽霊の数が多いので怪談が盛ん」という説も生まれかねませんしね。