紫の鏡



「紫の鏡」という言葉をあなたはご存知だろうか?

あなたがもし未成年であるのなら、二十歳になるまでこの言葉を覚えていてはならない。

なぜなら、もし二十歳になった時に「紫の鏡」という言葉を覚えていると、この言葉に込められた呪力によってあなたは死んでしまうからだ。

昔、ある女の子がイタズラで大切にしていた手鏡を紫色の絵の具で塗りつぶしたことがある。

ところが、なぜかこの紫色の絵の具はどんなに洗っても落ちることがなかった。

自分の行為を悔やんだ少女はやがて病気がちになり、ついには衰弱して二十歳の若さで他界してしまう。

ムラサキノカガミ、ムラサキノカガミと呟きながら・・・


この時以来、「紫の鏡」は呪われた言葉となった。

二十歳になるまでにこの言葉を忘れないと、あなたも少女のように衰弱して死んでしまう。

だが、どうしても忘れる自信がないという人にも一つだけ助かる方法が残されているので安心して欲しい。

それは「白い水晶」という言葉を覚えていること。


二十歳になった時に「紫の鏡」という言葉を忘れないでいても、「白い水晶」という言葉さえ覚えていれば白水晶の呪力が紫の鏡の呪力を打ち消すためにあなたは助かる。


「死ぬ」のではなく「不幸になる」というバージョンもあります。

「二十歳で死ぬ」と言われたのなら客観的に真偽を判断できますが、
「不幸になる」と言われても何か嫌なことがあった時に紫の鏡のせいなのかどうかは判別がつかないため、
不幸になるバージョンの方が後味が悪く悪質ですね。

この話はかなり古くから伝わっていますが、もともとは「『紫の鏡』という言葉を二十歳まで覚えていると死ぬ(または不幸になる)」というだけのシンプルな噂であり、
少女が鏡を紫に塗って・・・という由来話が尾ひれとしてつきだしたのは比較的近年になってからのようです。

また、助かるための「白い水晶」というキーワードが登場しだしたのも、同じく近年になってからのこと。

意図的に何かを忘れるというのはかなりの困難を伴うことですから、おそらくはどこかの臆病者が逃げ道を作ったのでしょう。

このような逃げ道は他の多くの逃げ場のない噂にも頻繁に現れており(例えば「口裂け女」に対する「ポマード」や「べっこう飴」、
または「赤い紙、青い紙」における「黄色い紙」など)、フォークロアによく見られる普遍的な現象であることがわかります。

伝統的な妖怪に見られる数々の奇妙な弱点。

例えば鬼に対する鰯の頭を刺したヒイラギ、百鬼夜行に対する尊勝陀羅尼、河童の皿の水や大百足に唾なども、
このような逃げ道を求める臆病な心が生み出したのかもしれませんね。