電子レンジの中の猫




これは訴訟大国・アメリカで起きた事件である。

ある雨の日のこと、とあるおばあさんのペットのネコが外で遊んでいたためにずぶ濡れになってしまった。

飼い主であるおばあさんは可哀想に思い、ネコを乾かすために電子レンジを利用することを思いつく。

彼女は電子レンジをそんなことに使えばどんな結果が待っているかわかっていなかったのだ。

哀れな彼女のネコは電子レンジの中で破裂してしまった。


彼女は電子レンジを製造した会社を相手取り、訴訟を起こした。

電子レンジのマニュアルに「ネコを入れてはいけない」と書いていなかったメーカーにこの事件の責任があると考えたからだ。

彼女の主張は大筋で認められ、裁判所は電子レンジを製造したメーカーに巨額の賠償金を支払うよう命じた。

それ以後、アメリカでは電子レンジのマニュアルに「ペットを入れてはいけない」と明記されることになったそうだ。



この伝説は訴訟社会・アメリカの行き過ぎた在り方を批判する文脈で語られることの多い極めて有名な都市伝説で、

かくいう私も何年か前までは本当のことだと信じきっていました(誰にでも若さゆえの過ちはあるんです)。

もちろん、実際にはこのような事件は起きていません。

実はこの話はアメリカでは極めてポピュラーなタイプの都市伝説であり、彼の地では猫だけでなく犬や小鳥、

時には濡れた頭を乾かそうとした人間までもが電子レンジによって“調理”されてしまったと語られていたのです。

それではなぜこの伝説が日本にやってきたかというと、その原因はおそらく1995年に施行されたPL法(製造物責任法)にあります。

それまでにも“石を投げれば弁護士に当たる”とまでいわれるアメリカの訴訟社会の徹底ぶりと弊害を聞かされていた多くの人々は、

PL法の施行によって日本もアメリカ並みの訴訟社会になるのではないかという恐れを抱きました。

そうした人々にとって、この伝説はアメリカの行き過ぎた姿を示す事例として格好のものに映ったのでしょう。

アメリカではこの伝説の

「ネコを電子レンジで破裂させてしまう(あるいは“調理”してしまう)」

という恐い部分に焦点が当てられていたのに対し(その証拠に、アメリカでは後半の訴訟うんぬんの話が登場しないバージョンも多いです)、

日本では訴訟の部分ばかりが注目されているのもそのためです。

そうのようなわけで、この話はアメリカを批判するのに使い勝手のよい話として、主にメディアを通じて瞬く間に全国に広まってしまいました。

まあ、仕方がありませんね。誰も自説にとって都合の良い話の真偽など検証しませんから。