赤い部屋



ある日の夜半過ぎ、赤いワンピースを着た若い女がタクシーを呼びとめた。

女は小声で運転手に目的地を告げる。

そこは車では数時間かかる、深い山の中だ。

うつむいた女の顔は長い髪に隠れていて良くわからないが、なんとはなく陰気な感じもする。

やがてタクシーは女の告げた目的地に着いた。

辺りにはうっそうとした森が生い茂り、人の気配はまるでない。

女は黙って料金を運転手に差し出すと、一人森の奥へと消えて行った。

「若い女性がこんな時間に、こんな山奥にいったい何のようだろう?もしや自殺でも考えているんじゃないだろうな」

心配になった運転手は、こっそりと女の後をつけてみることにした。

女は暗い山の奥へとどんどん進んで行く。

するとやがて森は開け、一軒の小さな家が見えてきた。

女はその家の中に入っていく。

「あの女はここに住んでいるのかな。いずれにせよ、自殺だなんて俺の考え過ぎだったか」

安心したその運転手は、今度はこの家に興味が出てきた。

こんな山奥の不便な場所にぽつんと一件だけの家。

しかも住んでいると思われるのは若い女。

なんとも不思議なことではないか。

好奇心に負けた運転手はこっそりと家に近づき、鍵穴から家の中をそっと覗いてみた。

すると、彼の目に飛びこんできたのは燃えるような深紅の部屋。

壁も、床も、何もかもが血のような鮮明な赤で染められた部屋だった。

女は鍵穴から覗ける範囲には見当たらない。

ドアのようなものも見当たらないが、おそらく他の部屋にでもいるのだろう。

しばらく覗きつづけていた運転手だったが、

やがて“何もかも赤い部屋”の存在に薄ら寒いものを覚えてその場を後にした。

山を下りた運転手はふもとで一軒のラーメン屋を見つける。

すっかり腹ぺこになっていた彼は、夜食を食べようとその店ののれんをくぐった。

ラーメンを待つ間に、運転手は店の主人に先ほど乗せた女の話をした。

すると、主人はその女の事を知っているという。

「彼女に会ったんですか。あの子も可哀想にねえ。あんな場所に一人、人目を避けるように住んでるなんて。

いやね、彼女にはちょっと変わったところがあるんですよ。

ご覧になりませんでした?病気のせいなのか何か知りませんが、


彼女の目は真っ赤なんです」



オチの部分が少しわかりにくいので解説を加えますと、部屋が真っ赤に見えたのは運転手が見ていたのが実は女性の真っ赤な目であったから。

つまり、運転手が鍵穴から部屋を覗いていた時、女も向こうからこちらを覗いていたというわけです。

1999年の12月にこの話を旧版の都市伝説101夜に掲載した時、私はこの話はまだ完成形ができ上がっていない物語だとご紹介しました。

その時点ではこの話はまだ「主人公が鍵穴から中を覗くと赤い部屋が見える。

それがじつは女性の目」というオチの部分しか固定しておらず、

主人公の設定や赤い部屋だと思っていたものが目であったと気づくタイミングがバラバラで、

一つの話にまとめるのが困難なぐらいに様々なバージョンが流布していたからです。

それから2年がたち、この話はようやく一つの基本パターンに収まり、完成形といっていい姿にまとまりました。

その基本パターンとは

(1)女がタクシーを拾う
(2)女を家(山の中か、普通のアパートの2パターンが主流)に送る
(3)タクシーの運転手が何らかの理由(女が美人だったから、とされることも多い) で鍵穴から部屋を覗くとそこは真っ赤な部屋
(4)後にその女の目が真っ赤であることを知り、自分が覗いていたのが女の目であったことに気づく

というもので、ここにご紹介したバージョンもこの基本パターンを踏襲したものとなっています。

この話の変遷を追っていた私も、基本パターンの登場を確認したことでようやく肩の荷を降ろせました・・・と思ったんですがねえ。

実は私は、この話のとんでもない類話を収集してしまいました。

その類話では女がタクシーを拾い、タクシーが女をアパートに送り届け、運転手が部屋を覗くと真っ赤な部屋・・・というところまでは全く同じ。

ところが物語の最後に、この女は実はこの部屋で目をナイフで切り裂かれ(だから真っ赤なのです)、

刺し殺された女性だったとわかるのです。

またしても幽霊だ!

やはり主人公がタクシーの運転手でほぼ固まってしまったのが良くなかったようです。

なにしろタクシーが乗せる不審な女といえば、幽霊に決まっていますからね。(そういう類話が多数ある(汗))。

現在ではまだ「女は幽霊」とする話は少数派のようですが、

私はやがてこちらの方が主流になるのではないかと睨んでいます。

オチで幽霊を出したほうがインパクトのあるものになりますし、

なにより日本人は幽霊の出てくる話が大好きなのですから。