赤いクレヨン



ある夫婦が中古の家を買った。

値段も安いし周囲の環境も良く、日当たりも良好。

中古とはいえ何もかも申し分のない家だった。

ところがある日のこと、夫が廊下を歩いているとそこに一本の赤いクレヨンが落ちている。

彼ら夫婦に子供はいない。

だから、家の中にクレヨンなどあるはずがない。

変だなと思った彼だが、おそらくは前の住人の忘れ物だろうと判断し、

深く考えずにそのクレヨンを拾うとゴミ箱に投げ込んだ。


数日後の朝、彼が新聞を取りに行こうと廊下に出ると、

あの日と同じ場所にまた赤いクレヨンが落ちていた。

さすがに不思議に思ってそのことを妻に話すと、彼女の顔がさっと青ざめる。

「実は私も昨日掃除をしている時に廊下に、赤いクレヨンが落ちていたので拾ったのよ。あなたが言っているのと全く同じ場所で」

もしかして、知らない間に近所の子供でも入り込んできたのだろうか。

しかし、そうだとすれば家の中のどこかに落書きがあってもいいはずだ。

クレヨンだけが落ちているとなると、これはなんとも不気味な話じゃないか・・・

恐くなった二人はいつもクレヨンが落ちている場所の周囲を調べてみることにした。

あらためて廊下を調べた二人は奇妙なことに気づく。

この家は間取りがおかしいのだ。

家の図面を見てみても、外から見た感じでも、この家には本来ならばもう一部屋あるはず。

その部屋があるべき場所というのが、例のクレヨンが落ちている廊下のすぐ前なのだ。

二人が問題の場所の壁を叩くと、そこだけあきらかに周囲と音が違う。

夫が壁紙を剥がしてみると、そこには念入りに釘で打ちつけられた引き戸が隠されていた。

彼は釘を全て引きぬくと引き戸を開き、閉ざされた部屋の中へと足を踏み入れる。

するとそこはガランとしたなにもない部屋。

そして、その部屋の真っ白な壁は、赤いクレヨンで書き殴られたこんな文字でびっしりと埋め尽くされていた。


「おかあさんごめんなさい だして おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん・・・」





バージョンによっては青いクレヨンだったり、最後に書かれた言葉が「おとうさん」だったり、クレヨンが何度も落ちているという怪奇現象が起きなかったりします。

この話から怪奇現象の部分を省けば何一つ霊的な出来事は起きていないことになりますが、それでもこの物語が十分に怖いものであることに変わりはありません。

この話の真の恐ろしさはそこで何が起きたのかが完全には説明されず、

真実を我々の想像にゆだねてしまっている点にあるのですから。


  追記


この話は、もともとはタレントである伊集院光氏が創作し、ラジオ番組で実話という触れ込みで披露したものだそうです。

ただし、伊集院版「赤いクレヨン」には、壁から声が聞こえるなどのいくつかの怪奇現象が話の展開に盛り込まれており、

この話とでは細部が若干異なっています。

おそらく、この話が伊集院氏の手を離れて都市伝説化する過程で、多くの一般の語り手たちによって変化させられていったのでしょう。