花子さん

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花子さん、いわゆる“トイレの花子さん”は1980年代ごろに現れた新しいトイレの妖怪だ。

やみ子さん、ゆう子さん、れい子さんなどの別名も多く、なかには太郎さんや次郎さんといった男性バージョンまで存在するが、基本的には同一の存在と考えていい。

正体をめぐってはトイレで殺された少女の霊だとか、トイレで自殺した少女の霊だとか、
トイレにいるときに空襲で死んだ少女の霊だとか諸説あるが、学校ごとにまちまちで、統一された伝承はないというのが実情だ。

近年おいては「学校の怪談」ブームで一躍有名になった感があるが、1980年代を通じて口承でじわじわと広がっていたのもまた事実であり、
メディアに取り上げられる前から爆発的なブームが起きる下地は十分に作られていたと見るべきである。


花子さんの基本的な話形はきわめて単純だ。

学校の特定のトイレのドアを数回(主に三回)ノックしてから「花子さん」と声をかける。

すると他には誰もいないはずのトイレから「はーい」という返事が返ってくるという。

この声の主こそが花子さんである。

他にもノックではなく決められた回数をその場で回ってから「花子さん」と呼びかけるのだとか、
「花子さん、あそびましょ」と呼びかけるのだとか、出現する時間が決まっているのだとかと細部が異なるバージョンは多いが、
基本パターンとしてはほぼこの通りで決まっている。

まれにこのあとに花子さんに追いかけられたり、包丁で刺されたりするというバージョンもあるが、
これらのバージョンは初期のものにはなく、おそらくはより過激な描写を求める子供たちの手によって後から創作されたものだろう。


花子さんが急速に子供たちの間で人気を得ることが出来た秘密は、おそらくはそのライブ感にある。

花子さんを呼び出すための呪文はきわめて簡単なもので、誰でも実行が可能だ。

それに初期バージョンの花子さんはただ返事をするだけだったので、こちらが危害を受ける恐れもない。

かくして日本中の学校で“花子さん召喚”の儀式が行われることになった。

中にはそらみみで花子さんの声を聞いてしまった者もいたであろう。

「私も声を聞いた」と嘘をつく調子者もいたであろう。

これが噂にさらに力を与え、花子さんを全国の学校に住み着く学校霊にまで祭り上げてしまったのである。

とはいえ、最近ではこの花子さんの勢いもすっかり失われてしまった。


どうやらメディアに大々的に取り上げられた話というのは、ブームが去ると急速に力を失ってしまうようだ。

口裂け女しかり、人面犬しかり。

一時のブームの間に消費しつくされてしまうということであろうか。

このような傾向は非常に残念なことではある。